BS1シリーズ コロナ危機「グローバル経済 複雑性への挑戦」第2章

BS1シリーズ コロナ危機
「グローバル経済 複雑性への挑戦」

第2章 『グローバル経済から一転 国家が前線に立つ時』


ニーアル・ファーガソン
「リーマンブラザーズの倒産をきっかけとする2008年後半よりも悪い経済ショックであるのは確かです。失業手当を申請する人の数がこれほど増えたことはありませんでした。アメリカの歴史上、最大のショックの一つであることは確かです。イギリスのデータも調べてみましたが、この四半期に起きたショックに匹敵するようなものはほとんどありませんでした。2つの危機を混同しないよう注意が必要だと思います。2008-09年は金融危機でした。世界中の銀行が大幅な資本不足でバランスシート上に不良資産を度々持っていました。世界のバンキングシステムが安定するまでには何年もかかりました。欧州の銀行危機はリーマンブラザーズの倒産以後何年も2012-13年まで続きました。今回は金融危機ではありません。財政的症状を持つ公衆衛生の危機です。2008-09年に効果があった対策、つまり大規模な金融・財政刺激策に期待するのは今回の危機の本質を見誤っていることになります。刺激策は今回は適切ではありません。自分からシャットダウンした経済を刺激することはできません。投資家や銀行家や金融の専門家の間では2008-09年の記憶があまりに鮮やかであるため当時の戦略本をまた持ち出して量的緩和やゼロ金利そして財政刺激策について話しているだけなのです。」


経済活動を突如封じられた人々
この新たな危機の本質を見誤れば経済的なつながりを回復させる道筋は失われてしまう。
新たな処方箋はどこにあるのか。

ペリー・メーリング
「今回の危機への対策は、すでにリーマンショック以上です。キャッシュ需要が世界で急激に高まる中で3月15日以降に連邦準備理事会がとってきた対応は非常に劇的なものです。ここで言うキャッシュとはドル貨幣の事です。連邦準備理事会は前回のリーマンショック時に作られた多くのツールを使ってドル貨幣を大量に供給する必要があります。リーマンショックの時は供給に長い年月がかかりました。ですがこれらのツールは現時点ですべて揃っています。ですので国際通貨制度が崩壊することはないと断言できると思います。2つ目は私がより専門的な知識を持っている分野ですが、”economic survival”(経済的存続)と呼ぶものです。ここで必要になるのが”economic distancing"(経済的距離)です。”economic distancing"(経済的距離)とはウイルスによる経済的な影響が人から人へ拡散しないように政府が私たちそれぞれのバランスシートの間でマスク的な役割を果たすことです。例えば損失の補填や借金の返済期限を延期させるなど、ここでの政府の役割は短期的には失われた所得("lost income")を補填し、数か月人々は離れ離れになった後でも元に戻れるように、払えない借金がその後も急増しないよう可能な限り返済期限を先に延ばす事です。これはすべて財政的な措置です。私が話していることはすべて財政的な事ですが、「減税する」とか「財政支出する」とか「金利を動かす」といった通常の対策ではありません。これは景気を循環させるためのものではありません。」

離れ離れになった人々がある時間を置いたあとでもつながりを取り戻せるように今はあえて適切な経済的距離を確保すること。それこそが今、政府に求められていることなのか。



ジョセフ・スティグリッツ
「2つ目の優先事項は最も脆弱な人々を助けることです。それもその国の社会保障システムにもよりますしどの程度個人がギリギリの生活をしているかにもよります。そして3つ目のことはより一般的にですが、この危機を脱したときにいいポジションにいるようにすることです。企業が倒産をしないようにするということです。というのもこのパンデミックが収束した時に元に戻すというわけにはいかないからです。経営状態(バランスシート)におけるマイナス影響を最小限にするのです。そして必然的に優先順位付けが伴います。ご存知の通りアメリカの赤字の対GDP比が5%に迫っていました。これはパンデミックによる危機以前のレベルです。今そのGDP比はおよそ15%のレベルになろうとしています。追加の対策を必要とすることは一般的なコンセンサスとなっています。つまり我々は高いレベルの赤字債務を抱えてこの危機を脱することになるのです。ですから優先順位にとても慎重にならなければなりませんし、どうやって資金を提供するかについてとても慎重になるべきです。資金をただあげることはできません。ご存知の通り企業は2017年12月に大きな減税を受けました。そしてその減税を使って資本バッファーを増やすためのポジションを強化するよりむしろ企業はたったの1年でおよそ1兆ドルを自社株買いに使ったのです。そして今我々はそうした企業を救済するよう求められています。ですから強い優先順位付けをしないといけないと思います。」

打撃を受けた人々や組織に優先順位をつけ、援助の手を差し伸べる。
その時どんなカードを切り、誰に配るべきか。経済の破綻は民主主義における政策的な決断へと直結する。

ルチル・ファルマ
「金融政策と財政政策の隔たりは消えたのです。そしてそれぞれが完全に異なる2本の柱だった時代に戻ることはほぼないと考えています。今や両者は互いに融合されています。これがポスト・パンデミックの世界にもたらされる永続的な変化だと思います。」

『永続的な変化』

ウイルスとの闘いは長期化すればグローバル経済ならではの広がりを持った深刻な事態となる。各国の社会制度は大きく揺さぶられる。

「私はニューヨークを拠点にしていますが、現在はデリーの自宅での滞在を余儀なくされています。今回の危機はグローバルな現象であるにも関わらず、ローカルな状況は国によって大きく異なることに驚いています。どういうことかと言いますと、貧しい国々いわゆる新興国がいかにしてこの危機に立ち向かっているかが、十分に注目されていないように思うのです。これらの国々は今回の危機で非常に大きな打撃を受けています。そもそもこの危機は中国で発生し主に先進国で広がりました。今日のデータをみてみると感染者の9割は気温が3℃以上17℃未満の国々にいます。つまり北半球の涼しい国々でその多くは富裕先進国です。ところが経済的に見ると感染者があまり出ていない南半球の貧しい国々に深刻な影響が出ています。これは多くのことを語っていると思います。株式市場の下落もブラジル、インド、インドネシアなどはアメリカやヨーロッパの先進国の市場よりも大きく下落しています。またこれらの国々からの資本流出も起きています。第一四半期の資本流出は新興国からの流出量としては過去最高を記録しました。そして忘れてならないのはこうした国々には西欧諸国のような福祉制度がないことです。私が本当に懸念しているのは今回の危機は富裕国・先進国には公衆衛生上の緊急事態としての影響がでている中、経済的には貧しい新興国により大きな影響が出ていることです。これが今回の世界危機の不幸な点だと考えています。」

富を吸い上げた先進諸国がひとたび危機となれば、新興国にそのマイナスを押し付けようとする。グローバル化の負の側面なのか。

社会の不安定性も増幅する危機。実は準備されていたのか?
利潤の追求のみの欲望と生存のための切実な欲求がすれ違う社会。
今 非常事態の中で ねじれた経済 格差の構図が浮かび上がる。
グローバル経済の力強さはコロナ危機によって弾け飛んでしまったのか?
国境を越え 流動性を高め コストの低い国を探し
少しでも多くの利潤を得るべく投資する。
市場の原理に忠実な戦略が今や弱点となったとしたら…。





そして 第3章 『コロナ以前 すでにあった危機』へ